何事も自分の責任だと思えば、人生が格段に楽になる

人間はいろいろな制約があり、周りでいつも何かが起こっています。今私が外を見たら、花があり、鳥が飛んで何かが起こっています。その時に自分が受け取れる情報というのは、制約のなかでしか受け取れません。

この記事の内容

  • 3つの制約とは?
  • 社会的な制約=言語で培われた制約
  • 制約は言葉によっても変わる
  • 個人的な制約=頭の中のフィルター
  • フィルターができる3つのワケ
  • 自分のフィルターは自分でコントロールできる
  • フィルターの変えるにはどうすればいいか

3つの制約とは?

制約には3つあり、生物学的な制約、次に社会的な制約、そして個人的な制約、と段階があります。順番に見ていきます。

人間の生物学的な制約、例えば私が聞こえる音のレンジは猫が聞こえるレンジよりも小さいです。私が見える範囲の視力は、野生動物よりも見えません。今はっと見たら、先ほどは見えなかった蝶の幼虫が見えたりするのは、処理できる情報が限られているからです。こうした生物学的な規制がまず最初にあり、その内側に一つのレベルとして社会的な制約があります。

社会的な制約=言語で培われた制約

社会的な制約は主に言語で培われた制約で、有名な話でエスキモーは雪という単語がいっぱいあるとか、虹の色が言語によって色の数が違う、という話があります。ある言語によって規制されている世界では、その言語で特定・定義されていないものの外は見えない、と言う特徴があります。虹の色が6色という言語しか知らない人は、虹のもう1色がみえません。他の言語で育った人たちには、7色見えます。なんとなく感覚でわかりますよね。

同じようなことを定義している言葉でも、その定義が少しずれていたりすると同じような言葉で話していても意味が変わります。わかりやすく言うと、外国に住み始めた時、日本語で話している時の人格と、外国語を話している時の人格が違うとか。英語で話していると気が強く話せるけれど、日本語だとなんとなくそこまで強くいえないとか。それはなぜかと言うと、人間は頭の中で、自分に向けて世界を表すのも言語を介していますし、自分の内側の世界を外に向けて表すのも言語でやっているからです。言語というのも、このように2種類あります。

自分の頭の中で物事を定義したり、思考したり、何かを受け止めたり、何かを自分の中でプロセスしたり、それは言語を介してやっています。まだ内側の世界が全て日本語で表されているのに、外側の世界だけ外国語で表しているときに、そういった内側の世界の言語と、外に向かっている言語の違いで乖離が生まれるわけです。世界を受け取る言語と、世界に対して自分を表現する言語が違うんですね。そうすると、そこで人格が変わる、ということは当たり前にあることだと思います。

制約は言葉によっても変わる

言葉の奥には言葉を培った歴史や文化、考え方があります。鉛筆ならペンシルと簡単にできる言葉もありますが、中には簡単に訳せないものもたくさんあります。頭の中で考えている一つのことを、100%別の言語で表すことは無理なわけです。言葉は言葉ではなく、その人の思考体系や文化体系、全ての積み重なったものがそこに入っています。

私は20年アメリカに住んでいます。最初、私も乖離があって英語を話す時にしっくりこないことがありました。今は何かを処理する時に、多分日本語と英語を同時に処理していると感じます。そうすると、日本語、英語を話している時も変わりません。それは多分、内面で言語化しているものと外で言語化しているものが一致しているからです。人間が何を受け取れるか、何を外に出せるかということで、どういう言語を使うかはすごく重要です。だから外国語を子どもに教えることは、大切だと思っています。それはどんな言語でも枠がありますが、言葉が喋れたらいろいろな人と話せるという表面的なベネフィットを超えて、他の言語を習うことは自分の脳の意識を広げるという意味でもすごく重要だと感じます。

個人的な制約=頭の中のフィルター

社会的制約の次にくるのが、個人的な制約です。個人的制約は、頭の中のフィルターです。誰でも頭にフィルターを持っています。そのフィルターはどうやって出来上がるかというと、今までの個人的な経験です。それも生まれてから今までの経験ではなく、自分のDNAに刻まれているものや前世のことなど、自分では覚えていないことまで含めそれらが全部連なって、今の私のフィルターが出来上がっています。

私のフィルターは世の中に1つしかありません。私と同じ経験をした人は私しかいないからです。ひとりひとりそうです。あなたと同じフィルターを持っている人は1人もいません。だからこそ人間ひとりひとりがユニークなのです。

日本だと、なかなかそこまで考える機会がないと思います。学校でも先生の解釈が正しいと教わったもの、特に昭和の時代はそうでした。アメリカに来て一番最初に驚いたのは、教科書を読んだり情報を入れることはもう授業前に終わっていて、授業に行くとまずは教授が彼の考えを述べる、ということでした。そこから討論が始まるのですが、教授と同じ考えを持っていなくても良いのです。そこで、同じ情報をインプットしても受け取りがひとりひとり全然違うのだということを学びました。フィルターが違うからですね。

ということは、教科書を読んでインプットするだけでは自分のフィルターを通しているだけなので、少ししか受け取っておらず不完全なわけです。アメリカではいろいろな人の話を総合してそれを知識として受け取って、自分のものにするという授業形式だと思うのですが、それが日米のとても大きい教育の違いだと思います。今私の子どもは小学生ですが、必ず意見を言う授業があります。お互いにシェアすることによって個人のフィルター違いを知り、そこを広げる作業をしているのだと思います。

フィルターができる3つのワケ

フィルターがなぜできているのかというと、その理由には3つの種類があります。

まずは、何か物事を見た時に一般化する。2つ目は、物事から何かを削除する。3つ目が、その物事の何かを歪めることです。

ひとつめの「一般化する」というのをわかりやすい例で言うと、私は長女なので兄弟喧嘩ではいつも最初に怒られて、お姉ちゃんだから我慢しなさいと言われます。そういうことを言われて育つと、私は自分の感情を外に出してはいけないと思うわけです。そうすると、兄弟喧嘩をしていない時も自分の感情を外に出してはいけないと思って行動します。これが一般化です。

2つ目の「削除する」は、人間は何かが起こった時に、自分が聞きたくないことを無意識に削除します。だから同じようなものを見ても、見ているものが違うことがあります。警察が話を聞く時は、人によって見ているものが違うので、できるだけ多くの人の話を聞かないといけないというのと同じですね。

3つ目、最後の「歪める」は、人間は頭の中でここにはこれがあるべきだと思っていたら、ないものが見えたりとか、違うものなのにその物として見えたりします。心理学の実験でもたくさんあります。事実として何かの写真を見せられて、その写真に出ているものは全く違うものなのに、その人の思い込みで全く違うものに見えているということも普通にあります。

日常的に一般化、削除、歪めるということをやっていて、それがその人の個人のフィルターで何を一般化して、削除して、歪めているかは人によって全然違います。私たちは相手のフィルターがどうなっているかわかりません。相手のフィルターもコントロールができません。

自分のフィルターは自分でコントロールできる

しかし、自分のフィルターはコントロールができます。結局、自分のフィルターをコントロールすることが自分の責任だとしたら、全て起こることの解釈は自分の責任だと言うことができます。何かが起こっているときの解釈は、自分のフィルターを通して自分がしているので、自分が感じていることや受け止めていることは、すべて自分の責任です。これがわかるようになると、人間関係がとても楽になります。

夫婦喧嘩や恋人同士の喧嘩で、なぜ分かってくれないのと思いますが、相手はあなたのフィルターを知らないので、わからないのは当たり前なんです。相手が意図していっていることと、あなたが受け止めることは違います。それがわかれば、喧嘩はほぼしなくなるというか、誤解が生まれたときにもお互い「そういう意味ではない」と言えるようになります。「あなたはそういう風に捉えているけど、私が言った意味がこうだよ」と冷静に話し合えるようになります。

私の場合はフィルターの問題ではなく、言葉の劣等感があり喧嘩になったら不利だと感じ常にファイティングポーズでした。でもそうではなくて、相手のフィルターはコントロールはできないから、相手のフィルターを通しても理解してもらえるように伝えることが私の責任だと思うと、コミュニケーションの質が変わりました。

それはみんなにも言えることで、自分の責任だと思えば楽です。双子を育てていまして、生まれた時からずっと同じことを2人にしています。同じ刺激を与えているのに、赤ちゃんの時から反応が違います。生まれた瞬間から反応が違います。近いDNAなのに同じことでも全く違う反応をするということは、全く違う環境で育った人が、全く違う反応をするのは当たり前なんですね。自分の反応をコントロールできるようになったら、もちろん相手の反応も変わります。世界の解釈が変わると、自分がすごく生きるのが楽になっていきます。

フィルターを変えるにはどうすればいいか

それは気付くことが一番最初です。その後に自分がどのようなフィルターを持っているのかについて気づくこと。例えば、親しい人と映画を見に行ったとき、同じものを見たのに、意見交換をすると全く違うものを見ていることがわかります。同じような感じで、お互いに話していくとお互いのフィルターの癖に気付くと思います。自分がどんなフィルターを持っているか、気付きやすくなります。

生きていくことがしんどいな、辛いなと思っている人は、選択肢がない、選択肢が少ない、選択の自由がないと思っていますが、それは実は、自分のフィルターで本来見えているはずのものが見えなくなっているだけです。そこさえ綺麗にしたら、実は自分には選択肢がたくさんあることに気づきます。

私自身も、ミッドライフクライシスの時に、ものすごく選択肢や自由がないと感じていました。けど実はそうではなく、自分がフィルターを綺麗にすることさえできたら、外にあるものがもともとここにあったということに気がつきました。その経験も踏まえて、起こっていることに対してどう受け止めるかは、100%自分の責任だと実感できたら生きることが楽になる、と言えます。人間は自由を得たいと思っており、自由を得ることの最大の近道、基本はこのフィルターを綺麗にして自由は実はそこにあるということに気付くことだと思います。

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